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大津地方裁判所 昭和34年(ヨ)56号 判決 1961年12月26日

申請人 白木寅一

被申請人 国

訴訟代理人 鰍沢健三 外三名

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

申請人代理人等は「被申請人は滋賀県神崎郡永源寺町大字相谷小字下村七四四番地山林五畝一五歩に立入り、あるいは同物件上に工作物を設置する等一切の行為をしてはならない。」との裁判を求め、その理由として、

一、申請人は滋賀県神崎郡永源寺町大字相谷小字下村七四四番地山林五畝一五歩(以下本件土地という。)の所有者であり、被申請人は右永源寺町を貫流する愛知川を同町の相谷、高野地先で堰き止め、そこにダムを築いて貯水量二、二七四万立方米の水を確保しこれを灌漑用水として下流一帯の田畑の改良を行うこと等を内容とする国営愛知川土地改良事業計画の施行者であるが、右計画が実現した場合同町大字萱尾、佐目等の地域はダムの水底に没するに至るため、同地域の住民は挙つて反対し当局と折衝を続けてきたところ、被申請人も右実情に鑑み、国会において右各部落住民全員の承諾がなければ右計画を実施しない旨再三言明し、且つ出先機関も右住民代表者達にもその旨確約していた。しかるに被申請人の出先機関の吏員達が右言明に反して附近の部落のボス的存在の一部の者を懐柔し、一般住民の意思に反することを承知しながら住民の承諾があつたと称して昭和三四年一〇月五日右ダムの築造工事の起工式を挙げるに至り、又右工事の資材輸送用道路は既に愛知川に架設予定の輸送用橋梁の架設場所にあたる本件土地の対岸まで敷設されており、且つ右対岸の道路の切れ口に対応する本件土地及びこれに接続する道路敷地と予定した土地内に申請人等に無断で且つ土地収用法等法的根拠にももとずかず測量用の数本の杭が打ち込まれるに至つた。

二、右のような状況であるから被申請人がなんらの権限なくして右工事を強行し、本件土地に侵入してくることは時間の問題であると考えられるので、申請人は本件土地の所有権にもとずく妨害排除ないし妨害予防として現在及び将来の工事差止請求の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、現在の事態を放置すれば申請人は回復すべからざる損害を被ることとなる故、これを避けるため本案判決の確定に先立ち前記趣旨の仮処分命令を求める必要性があるので本件申請に及ぶ。

と述べた。

被申請人代理人等は主文同旨の判決を求め、答弁として、

申請人が本件土地の所有者であること、被申請人が申請人主張の内容の国営愛知川土地改良事業計画の施行者であること、被申請人が萱尾、佐目等の部落住民達に対し右計画の工事施行につき同意を得るよう折衝していること、被申請人が申請人主張の日に前記ダム築造工事の起工式を挙げたこと、申請人主張の資材輸送用道路が申請人主張の場所まで敷設せられていること、本件土地に申請人主張のとおり測量用の杭が打ち込んであることはいずれも認めるが、申請人のその余の主張事実は否認する。右事業計画にもとずく工事施行について関係部落住民の多数は賛成しており、被申請人は前記のとおり住民全員の同意をうべく、少数の反対者に対して折衝を続けているが、既に同意をうる等適法な措置を講じた部分の工事は反対者に対する説得工作と併行して実施しているのであり、本件土地に対してもその測量当時の所有者であつた申請外小西与市郎及びこれに接続する土地の所有者の承諾をえて第一回目は昭和三三年九月三〇日及び一〇月一日に、第二回目は昭和三四年七月七日から同月一四日までの間に測量の目的で数本の杭を打込んだのである。将来被申請人が本件土地に橋梁を架設し、あるいは道路を敷設しようとする場合には申請人の承諾をうるかあるいは土地収用法等適法な手続を経た後行う方針であるから申請人の本件仮処分の必要性は存しない。と述べた。<疎明省略>

申請人訴訟代理人等は昭和三六年九月一八日の第六回口頭弁論期日において本件仮処分命令申請を取下げたが、被申請人代理人等は右取下に同意しない、と述べた。

理由

先ず申請人訴訟代理人等がなした本件仮処分命令申請の取下の効力について判断する。保全訴訟に民事訴訟法第二三六条第二項が準用せられるか否かについては議論の岐れるところであり、保全訴訟においては被保全権利について本案訴訟の確定判決における如き既判力が生じないことを主たる論拠としてこれを消極に解する説もあるが、同法条の趣旨が訴の提起に対し応訴している被告は当該訴訟手続を利用して原告の請求の当否につき審理裁判を求める訴訟上の利益即ち消極的確定の利益を有し、原告の一方的行為によつて被告の右利益を奪うことをなからしめ、訴訟における対立当事者の地位の衡平を期さんとするにあり、而して口頭弁論が開かれた保全訴訟においても、申請人の保全処分の申請に対し防禦方法を尽している被申請人は、勝訴によつて当該保全処分申請の不当が確定されることの利益即ち消極的確定の利益を有するものであり、保全訴訟における被保全権利の認定が本案訴訟との関係において実体的確定力を有しないことの一事をもつて被申請人の右利益を軽視することはできないのであつて、申請人の一方的な申請の取下によつて被申請人の右消極的確定の利益を奪うことは訴の場合と同様に衡平の理念に反するものといわざるを得ない。

以上の理由により保全訴訟においても民事訴訟法第二三六条第二項の準用があると解するのが相当である。そうとすれば、申請人の訴訟代理人等の本件仮処分申請の取下につき被申請人代理人等の同意がない以上右取下はその効力を生じない。

そこで本件仮処分申請の当否について判断する。申請人が本件土地の所有者であること、被申請人は土地改良法にもとずき、滋賀県神崎郡永源寺町を貫流する愛知川を同町の相谷、高野地先で堰き止め、同所にダムを築きそれによつて確保した水を潅漑用水として下流一帯の田畑の改良を行うこと等を目的とする国営愛知川土地改良事業計画の施行者であること、右ダムにより水底に没する萱尾、佐目等の部落及び右ダムの下流に位置する相谷部落の住民の代表者達と被申請人間に右計画の工事施行について折衝が続けられていること、右ダム築造工事現場から八風街道の間を愛知川に橋梁を架設し相谷部落を縦断して結ぶ資材輸送用道路がダム工事現場から本件土地に対向する愛知川対岸まで敷設されていること、本件土地に測量用の杭が打ち込まれていることは当事者間に争いがない。成立について争いがない甲第一、第二、第六、第一二ないし第一五号証一六号証の一ないし四、第一七号証の一ないし三、第一八ないし第二〇号証、乙第一、第二、第四号証、証人今若作平、同辻川金治郎、同亀田得治、同辻善三郎、同今井信二の各証言、申請人本人(後に申請取下)小西与市郎の尋問の結果を綜合すると、昭和三〇年一〇月末頃農林省より右事業計画の最終内容が土地改良法にもとずいて公告せられた前後から、被申請人は農林省京都農地事務局及び国営愛知川農業水利事業所を通して前記萱尾、佐目、相谷等の部落の関係住民に対し、前記のように工事施行につき同意を得るよう折衝を続けると共にそれと併行して関係住民の同意を得た場所においては本工事に先立つ調査工事や前記資材輸送用道路の一部の敷設等の工事を進めた。他方右各部落に設けられたダム対策委員会等の反対が根強く右折衝は難行したが、被申請人側は農林大臣以下担当者が国会における再三の答弁や陳情の住民代表に対する約旨において、原則として関係住民の同意を得るよう努力しているが、しからざる場合にも土地収用法等適法な手続を経た後でなければ工事を強行するようなことはしないとの基本方針を確認してきた。而して昭和三三年九月一五日本件土地の当時の所有者であつた申請外小西与市郎が本件土地を含む自己の所有土地について農林省宛に輸送道路の起工承諾をなし、それにもとずいて本件土地に被申請人により橋梁架設のための測量の目的で前記の如く杭の打ち込みがなされ、又昭和三四年六月二四日に至り、前記資材輸送用道路の第四期工事として愛知川に架設される橋梁の工事について相谷ダム対策委員長、相谷区長等の名による起工承諾書が愛知川農業水利事業所長宛提出せられたのであるが、右承諾書が相谷部落住民の総意を反映していないとして反対が出て紛糾し、同月二二日付で相谷部落総代及びダム対策委員長名で右承諾書を無効と宣言する書面が関係当局に送達され、又前記小西は前記の測量用の杭打ち後間もない昭和三三年一〇月三日付で前記起工承諾を取消す旨通知し、同人から本件土地の譲渡をうけた申請人も道路工事施工に同意しないため、前記橋梁架設を含む資材輸送用道路工事は本件土地の愛知川対岸の箇所において中止せられ、前記測量も一応終了して被申請人はその後本件土地に立入つていない事実、被申請人は今後もこれまでの経緯、ダムに対する関係住民の態度及び情勢の変化等を考慮して関係住民の同意を得て工事を行うとの従来の基本方針を変えず、現段階において土地収用法による収用又は使用はもとより、法の定める手続によらずして工事を強行する意図もなく、出先機関に対してもそのような指示をしていない事実が認められる。以上のような従来の経過及び現段階における被申請人の右態度よりすれば、被申請人の工事強行による本件土地への侵入の虞は認め難いから、申請人主張の本件仮処分の必要性はこれを認めるに由なく、他に右必要性を認めるに足る特段の事情も見当らない。果してしからば本件仮処分命令申請は失当であるから却下を免れない。

よつて申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三上修 首藤武兵 吉川正昭)

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